山口地方裁判所 平成9年(行ウ)2号 判決 1999年4月27日
山口県長門市通二一七番地の二
原告
大海建設株式会社
右代表者代表取締役
白石春作
右訴訟代理人弁護士
田川章次
同
臼井俊紀
同県同市東深川九六四番地の一
長門税務署長
被告 森憲一
右指定代理人
内藤裕之
同
山﨑保彦
同
井上厳偲
同
藤井敏法
同
藤井隆弘
同
甲斐好德
同
下方宏展
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の申立て
一 原告
1 被告が、原告の平成六年四月一日から平成七年三月三一日までの事業年度の法人税について、平成八年一月三一日付けでした更正処分のうち、重加算税賦課決定処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二事案の概要及び争点
一 概要
本件は、原告が、丸紅建設機械販売株式会社(以下、「丸紅建機」という。)との間でなした平成六年四月四日付けの約定に基づき、白石春作(以下、「春作」という。)が同社から購入した船舶の購入代金につき債務引受をしたところ、同代金債務の一部である五一九三万九八八八円の支払債務を免除(以下、「本件債務免除」という。)されたにもかかわらず、これを益金の額に計上することなく、平成七年五月三一日、被告に対し、平成六年四月一日から平成七年三月三一日までの事業年度(以下、「本件係争事業年度」という。)分に係る法人税の確定申告書(以下、「本件申告書」という。)を提出したところ、被告において、平成八年一月三一日、国税通則法六八条一項所定の課税要件を充足するとして、右債務免除益を益金の額に加算し、所得金額を四九八四万一九九一円、納付すべき税額を一八六八万三〇〇〇円とする更正処分及びこれに係る重加算税の額を六五三万八〇〇〇円とする重加算税の賦課決定処分(以下、「本件処分」という。)を行ったので、かかる処分の取消を求めて本訴提起をした事案である。
二 争点
本件の争点は、原告が、被告に対し、本件債務免除の申告をせずに本件申告書の提出をなしたことが、国税通則法六八条一項に定める「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当するといえるか否か、というところにある。
三 争点に対する当事者の主張
1 被告の主張
原告は、その会計帳簿等に、いまだ丸紅建機に対する未払金が存在するかのごとく表示をして本件債務免除を受けた事実を隠ぺいし、それが課税の対象となることを回避すべく、納付すべき法人税額の計算の基礎となる所得金額を殊更に過少にした内容虚偽の本件申告書を提出したところ、これらの事実は、納税者たる原告において、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をする目的をもって、本件債務免除という特定の事実を隠匿したのであるから、重加算税の賦課要件を充足し、本件処分は適法である。
2 原告の主張
原告は、本件債務免除を、本件係争事業年度の申告に際して、益金として算入する必要があるなどといったことは思いも寄らなかったし、本件申告書の提出時点で過少申告であるとの認識も全くなかったのであるから、本件で、原告が、過少申告をする意図はなかった。そして、原告は、村岡啻男税理士(以下、「村岡税理士」という。)に対し、後記第三、一1(八)で認定する確認書(以下、「本件確認書」という。)締結の交渉経過を報告しなかったものの、それは、原告において、同確認書が税法上意義を有するものと理解していなかったことによるものであり、同確認書に基づく丸紅建機に関する債務免除益発生後に、原告が、村岡税理士からの、丸紅建機に対する未払金の残高を証する書類の取り寄せの要求に応じなかった事実はなく、さらに、原告において、本件係争事業年度中に、丸紅建機に支払った七〇万円につき、丸紅建機に対する未払金の内払いと虚偽の説明を行った事実はない。
以上のとおりであるから、原告に、仮装、隠ぺいの意図を外部からもうかがい得る特段の行動があったとは評価できない。
よって、本件処分は違法であるから取り消されるべきであり、過少申告加算税二七七万七〇〇〇円が賦課されるのが相当である。
第三争点に対する判断
一 本件事案の経過
甲第一号証、乙第一、二号証、第三ないし第九号証の各一、第一〇ないし第一八号証、第一九号証の一、第二〇号証、証人村岡啻男、同為末幾代、同白石敏子(後記採用し得ない部分を除く。)及び同阿野秀和の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
1 本件債務免除を受けるまでの経緯(ただし、左のうち、証拠を掲記している部分以外の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。)
(一) 原告は、昭和五九年三月六日に設立された港湾土木工事業を営む青色申告法人であり、その代表取締役は春作である。
(二) 春作は、昭和五七年九月一八日、丸紅建機との間で、非自航式一五〇T吊起重機船及び八〇〇HP曳船(以下、これらを併せて「本件船舶」という。)を二億八八〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結した。
また、丸紅建機は、同月二八日、四国建機株式会社(以下、「四国建機」という。)との間で、本件船舶の売買取引に係る債権を保全するため、春作が支払不能の事態に陥った場合、あるいは、丸紅建機が必要と認めた場合には、本件船舶を引き揚げて転売することにより生じる損益のうち、右起重機船に対応する金額を両者で折半する旨などを内容とする覚書を交わした。
(三) 原告は、春作から本件船舶を譲り受けるとともに、本件船舶に係る未払金について債務引受をしたが、昭和六〇年一一月末に倒産し、かかる倒産に伴う債務整理の結果、各債権者に対して支払うべき債務の一部の免除を受けた。
(四) 原告ないし春作、丸紅建機及び永和工業株式会社は、平成元年九月四日、本件船舶に係る未払金残高が一億七一二三万九三四〇円であることを確認するとともに、そのうちの一億一〇〇〇万円を右永和工業株式会社が代位弁済する旨の覚書を交わし、この結果、原告の丸紅建機に対する未払金残高は六一二三万九三四〇円となった(乙第一九号証の一及び弁論の全趣旨により認める。)。
(五) 丸紅建機は、前記(二)記載の覚書に基づき、四国建機と交渉した結果、四国建機が解決金として八五〇万円を丸紅建機に支払うことで合意が成立し、これに即した平成元年九月三〇日付けの覚書が作成された。
(六) 原告は、丸紅建機との間で、原告が丸紅建機に対して未払金六一二三万九三四〇円を有していることを認めること、原告が、右未払金のうち、七〇〇万円を、平成二年九月末から平成三年一二月二八日までの間、一二回に分割して丸紅建機に支払うこと、原告が本件未払金を所定の期日に完済したときは、丸紅建機は右債務の残額の支払を免除すること、などとした平成二年一月一一日付け確認書を交わした。
(七) 丸紅建機は、建て替えていた船舶保険料の戻し金九万九四五二円及び前記(五)の覚書に基づいて四国建機から受領した解決金八五〇万円を、原告に対する債権の回収額として処理した結果、前記(六)の未払金額は五二六三万九八八八円に減少した。
しかし、原告は、丸紅建機の再三にわたる支払の督促にもかかわらず、前記(六)掲記の七〇〇万円を弁済できなかったことから、丸紅建機に対し、平成四年二月一〇日付け及び平成六年三月五日付け各書簡を送付し、右未払金の弁済の猶予及びその全額の債務免除を申し出たところ、丸紅建機は全額免除は不可能である旨伝えてきたので、原告は七〇万円であれば支払う旨約した(右のうち、丸紅建機が原告に対し再三にわたり支払の督促をしたこと、及び原告が丸紅建機に対し七〇万円であれば支払う旨約したことは、乙第一四号証により認める。)。
(八) 右申出を受けた丸紅建機は、前記(六)掲記の未払金のうち、原告から七〇万円を回収できた場合には、残額五一九三万九八八八円についてはその弁済を免除することとし、原告との間で、丸紅建機において、原告が右七〇万円を三回に分割して丸紅建機へ支払ったら、右債務免除をするとの内容の、平成六年四月四日付け本件確認書を交わした。
(九) 原告は、平成六年四月一二日、本件確認書に基づき、二〇万円の現金並びに同年八月二五日及び九月二五日を各支払期日とする額面二五万円ずつの各約束手形を丸紅建機に交付し、右各支払手形をそれぞれの支払期日に決済したことから、丸紅建機より、五一九三万九八八八円の本件債務免除を受けた。
2 本件申告に至る経緯
(一) 村岡税理士は、原告が設立された昭和五九年三月から原告の確定申告に関与し、総勘定元帳、決算書及び法人税確定申告書などの作成並びに税務調査への立会を委任されていた。
(二) 村岡税理士は、昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日までの事業年度(以下、「昭和六二年三月期」といい、後記する本件係争事業年度を除く他の事業年度についても同様に表記する。)と昭和六三年三月期の各法人税の確定申告に当たり、各申告書を作成し、原告の経理事務を担当している春作の妻白石敏子(以下、「敏子」という。)の了解を得て被告に提出したところ、右作成の際、敏子から、原告の債権者らから前記1(三)掲記の各債務免除を受けたとの連絡があったので、村岡税理士事務所事務員松浦が敏子に説明し、同人も納得した上で、各確定申告書中の損益計算書の各「雑収入欄」に、昭和六二年三月期が三七二六万三〇六〇円、昭和六三年三月期が三二一九万六七九六円と、それぞれ右各債務免除に相当する金額を雑収入として、各益金の額に計上した。
なお、村岡税理士は、昭和六三年三月期の確定申告書の作成に当たって、敏子に対し、丸紅建機に対する債務の残高証明書の提示を求めたところ、同人から、右につき、昭和六三年三月三一日現在の債務残高は二億四八二二万九三四〇円であるとの丸紅建機が発行した証明書の提示を受け、これを右確定申告書に添付して被告に提出した。
(三) 村岡税理士事務所事務員為末幾代(以下、「為末事務員」という。)は、平成三年六月ころ、村岡税理士の指示により、原告の総勘定元帳の作成、法人税申告書の別表及び勘定科目明細書の下書き並びに清書(浄書)を担当することとなった。
右総勘定元帳の作成に当たり、為末事務員は、敏子が作成し、毎月一回程度村岡税理士事務所に持参していた、現金出納帳、工事台帳、預金通帳、手形記入帳及び経費等の支払に係る請求書や領収書を参照し、右の記載内容の不明な箇所は敏子に質問し、対処していた。
(四) 為末事務員は、請求書や残高証明書がある取引についてはそれに基づき残高の確認を行い、借入金、長期未払金、預金など請求書によって期末残高の確認ができない取引については、原告の事務所を訪問し、敏子が作成、記載していたノートに基づき残高の突き合わせを行った。
なお、村岡税理士は、為末事務員を通じて敏子に対し、各事業年度の決算の都度、決算当日の残高証明書を取るように指導していたが、同人は、そのころ、丸紅建機に対し残高証明書の発行を依頼しようとはせず、また、村岡税理士に対し、前記1(六)ないし(九)掲記の各事実を報告したり、本件確認書を提示したりするようなことはなく、丸紅建機に対する未払金の残高についても、「従前通り」との申述に終始していた(丸紅建機では、取引先から残高証明書の発行を依頼されればそれに応ずる扱いをとっていた。)。
(五) 原告は、平成七年五月三一日、被告に対し、丸紅建機に対する未払金六〇五三万九三四〇円が存在するとして本件係争事業年度の法人税につき、所得金額を〇円、納付すべき税額を〇円とそれぞれ記載した本件申告書を、法定申告期限内に提出した(当事者間に争いがない。)。
なお、為末事務員は、本件申告書作成の際、丸紅建機以外の債権者に対する未払金については、敏子から残高証明書の提示等を受けてこれに基づき確認したが、丸紅建機に対する未払金については、残高証明書の提示はなく、敏子が原告の取引ごとに作成していたバインダーノートの記載金額に基づき確認した。
(六) ところで、為末事務員は、敏子に対し、平成六年六月ころ、右未払金の残高が平成六年三月期と比して七〇万円減少していることの説明を求めたところ、同人は、「丸紅建機に対する未払金の内入れである。」と説明し、また、平成七年五月、「丸紅建機に対する未払金が六〇五三万九三四〇円となりますが、これでいいのですか。」と聞いたのに対し、敏子において、「間違いありません。」と答えたような経緯があったことから、村岡税理士は、かかる時点でも、原告が本件債務免除を受けた事実を知らなかった。
3 本件処分に至る経緯
(一) 被告所部係官である阿野秀和(以下、「阿野係官」という。)は、平成七年一〇月一七日、本件係争事業年度に係る法人税の確定申告につき税務調査を行うために原告事務所へ赴き、春作、敏子及び村岡税理士の立会の下で、原告の記帳状況等について確認したところ、春作は原告の事業内容を承知していること、敏子は原告の経理事務全般を行い、現金出納帳、手形帳、工事台帳などを記帳していること、村岡税理士は敏子の記帳した右現金出納帳等や経費等の支払に係る領収書に基づき、振替伝票を起票し、総勘定元帳を作成して、決算書や法人税の確定申告書等を作成していることが判明した(右のうち、阿野係官が原告事務所に赴いた日が平成七年一〇月一七日であることは、乙第二〇号証及び証人阿野秀和の証言により認められ、その余の事実は、当事者間に争いがない。)。
(二) 阿野係官は、同月二三日、春作に対し、原告が平成元年九月に永和工業株式会社に対して多額の支払手形を振り出していたことから、当該手形の振出理由について説明を求めたところ、春作は、前記1(四)掲記の事実を説明し、同掲記の覚書をその資料として提出した。
(三) 阿野係官は、本件申告書添付の勘定科目明細書の「買掛金(未払金・未払費用)の内訳書」に丸紅建機に対する六〇五三万九三四〇円の未払金が記載されていることから、同月二五日、春作に対し、<1>平成二年三月期ないし平成六年三月期の各事業年度末において、丸紅建機に対する未払金が、原告の決算書等に計上されている理由、<2>原告が本件係争事業年度において、丸紅建機に対する未払金の弁済として七〇万円のみを弁済している経緯、をそれぞれ質問した(当事者間に争いがない。)。
これに対し、春作は、右未払金六一二三万九三四〇円は残っているから原告が支払わなければならないこと、右七〇万円については、なぜその時にその金額を支払うことになったか覚えていないが、丸紅建機の指示にしたがって支払ったものであると答えたが、この際、本件確認書を含む丸紅建機との取引に係る資料等の提出はなかった。
なお、阿野係官は、右同日、春作ないし敏子に対し、「丸紅建機に対する未払金について思い出したことがあれば連絡してもらいたい。」と依頼した。
(四) 阿野係官は、同年一一月一六日、原告の丸紅建機に対する右未払金に関する取引内容を確認するために、丸紅建機に対する反面調査を行ったところ、前記1掲記の各事実を把握した。
また、阿野係官は、原告が各債権者に対して支払うべき各債務の支払義務の免除を受けたとして、昭和六二年三月期は三七二六万三〇六〇円、昭和六三年三月期は三二一九万六七九六円を、それぞれ雑収入として益金の額に算入した上で、右各事業年度の法人税の確定申告書を被告に提出している事実を把握した。そこで、この点につき、被告担当係官において、村岡税理士に確認したところ、同税理士は、敏子から右各債務免除を受けた事実の説明を受けたので、当該各免除を受けた金額の確認に必要な書類はすべて同人に要求して取り寄せた上で、右のとおり各確定申告書を作成していた旨説明した(被告所部係官において、同年一一月一六日、原告の丸紅建機に対する六〇五三万九三四〇円の未払金に関する取引内容を確認するために、丸紅建機に対する反面調査を行ったところ、前記1掲記の各事実と、原告が、各債権者に対して支払うべき各債務の支払義務の免除を受けたとして、昭和六二年三月期は三七二六万三〇六〇円、昭和六三年三月期は三二一九万六七九六円を、それぞれ雑収入として益金の額に算入した上で、右各事業年度の法人税確定申告書を被告に提出している事実を、それぞれ把握したことは、いずれも当事者間に争いがない。)。
(五) 春作は、村岡税理士と共に、平成七年一一月二四日、長門税務署に赴き、阿野係官に対し、本件確認書を提示して、本件債務免除の事実を認めたところ、その際、「本件確認書を交わし、これで丸紅建機に対して未払金の支払をしなくてもよくなったと思ったら安心してしまい、平成七年一〇月二五日に調査担当者から本件未払金のことを質問された時も、本件確認書があることを忘れていた。」、「債務を免除されたといっても現金が入ってきたわけではなく、経理に疎いため、本件確認書が重要なものとは考えず、村岡税理士に本件確認書を受け取っていることは知らせなかった。」などとも申述した(春作が、村岡税理士と共に、平成七年一一月二四日、長門税務署に赴き、阿野係官に対し、本件確認書を提示して、本件債務免除を認めたことは、当事者間に争いがない。)。
(六) 阿野係官は、同年一二月二一日、同月二五日及び同月二六日、春作に対し、再三にわたり、本件係争事業年度の法人税の修正申告をするように勧めたが、春作は、「本件債務免除を利益に計上しなければならないことは理解したが、現在の原告の状況では法人税等の納付は困難であるから何とかしてもらいたい。」、「修正申告書を提出すればすぐに納付しなければならないので、納付することが不可能な状況の下では、修正申告書の提出はできない。更正処分をしてもらいたい。」との申述に終始した。
そこで、被告は、原告に修正申告に応じる意思はないものと判断し、平成八年一月三一日付けで、本件処分を行い、同日その旨を原告に通知した(阿野係官が、同年一二月二一日及び同月二六日、春作に対し、本件係争事業年度の法人税の修正申告をするように勧めたこと、被告が、原告は修正申告に応じる意思はないものと判断し、平成八年一月三一日付けで、本件処分を行い、同日その旨を原告に通知したことは、当事者間に争いがない。)。
(七) 原告は、平成八年三月二八日、被告に対し、所得金額〇円、納付すべき税額〇円、重加算税額〇円とするよう異議の申立てをしたところ、被告は、同年六月二六日付けでこれを棄却する旨の決定をした。
そこで、原告は、同年七月二五日、国税不服審判所長に対し、本件処分について、所得金額四九八四万一九九一円、納付すべき税額一八六八万三〇〇〇円、重加算税額〇円とするよう審査請求をしたが、同所長は、平成九年五月三〇日、これを棄却する旨の裁決をした(右のうち、原告が国税不服審判所長に対し、本件処分について審査請求をしたのが平成八年七月二五日であることは、乙第一号証により認められ、その余の事実は、当事者間に争いがない。)。
二1 ところで、過少申告をした納税者が、その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、その納税者に対して重加算税を課するとされているところ(国税通則法六八条一項)、この重加算税の制度は、納税者が、過少申告をするについて隠ぺい、仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を科することによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって、申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。したがって、重加算税を課するためには、納税者のした過少申告行為そのものが隠ぺい、仮装に当たるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に、隠ぺい、仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要するものである。しかし、右の重加算税制度の趣旨にかんがみれば、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行為をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、重加算税の右賦課要件が満たされるものと解すべきである(最高裁判所第二小法廷平成七年四月二八日判決・民集四九巻四号一一九三頁)。
2(一) そこで、これを本件についてみるに、前記一2(二)で認定したごとく、原告の昭和六二年三月期及び昭和六三年三月期の各法人税の確定申告書の作成に当たり、敏子は、各債務免除を受けたことを村岡税理士に連絡し、これを聞いた村岡税理士事務所の事務員松浦は、右各債務免除を雑収入として原告の益金の額に算入する旨、敏子に説明し、同人の了解を得ていたのであるから、かかる経験を踏まえ、敏子はもとより春作も、原告が債務免除を受けた場合には、それを税法上雑収入として計上すべきことを当然認識していたものといえる。そして、前記一1で認定したところの本件債務免除を受けた経過に照らせば、原告にとって本件債務免除を受けることは重大な関心事であったと思料されるので、春作及び敏子は、本件債務免除を受けた事実及びそれが雑収入に該当することを十分に認識しており、また、これを受けて一年も経過していない本件申告当時、右の点を忘れようはずがなかったというべきである。それにもかかわらず、前記一2(三)ないし(六)で認定したごとく、敏子は、村岡税理士からの、為末事務員を通じての、決算期の都度、丸紅建機に対する未払金に関する残高証明書を取り寄せて提示するようにとの指示にしたがわず、右未払金残高は従前と同一であるとの申述を繰り返すのみで、本件債務免除を受けた事実を報告することはなく、また、本件申告書の作成に当たっても、為末事務員に対し、本件係争事業年度に丸紅建機に支払った七〇万円はあくまで丸紅建機に対する未払金の内入れであると説明し、同人をして右未払金が存在するものと誤信させ、本来益金として計上すべき本件債務免除の額をそのように計上せず、所得金額を過少に記載した本件申告書を村岡税理士に作成させ、被告に提出しているのである。さらに、前記一3(一)ないし(四)で認定したごとく、春作及び敏子は、その後の税務調査に際しても、阿野係官に対し、同係官による丸紅建機に対する反面調査が行われるまでは、丸紅建機に対して未払金が依然存在するとの申述をなし、本件確認書を提示しないなど、本件債務免除を受けた事実を隠ぺいする態度、行動を貫こうとしていたことが認められる。
してみると、原告は、当初から、所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行為をした上、その意図に基づく過少申告をしたといわざるをえず、これによれば、原告において、法人税の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づいて、被告に対し、本件申告書を提出したことになるから、国税通則法六八条一項所定の課税要件を充足していることは明らかなところである。
(二) なお、敏子は、原告の代表者ではないが、前記一2(二)で認定したごとく、右代表者たる春作の妻であり、しかも原告の経理事務を担当していたという事情に照らせば、原告に係る法人税の申告手続における面では、春作と実質上一体とみて差し支えないものと解される。
したがって、このような立場にある敏子が、法人税の申告手続に関し原告のためになす行為もまた、国税通則法六八条一項にいう「納税者」の行為と同視できるというべきである。
また、春作ないし敏子のなした右隠ぺい行為は、村岡税理士ないし為末事務員に対するものであって、直接被告に対するものではないが、税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において納税義務の適正な実現を図ることを使命とするものであり(税理士法一条)、納税者が課税標準等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいし、又は仮装していることを知ったときは、その是正をするよう助言する義務を負うものであって(同法四一条の三)、右事務を行うについて納税者の家族や使用人のように単なる履行補助者の立場にとどまるものではないから(前記判例参照)、税理士ないしその事務員に対する右隠ぺい行為もまた、前記過少に申告する意図を外部からうかがい得る特段の行為と解するに妨げないというべきである。
3(一)(1) これに対し、原告は、設立以来赤字決算であり、法人税を支払ったことはなく、その決算書や法人税の申告書の作成をすべて村岡税理士事務所に任せていたところ、同税理士から債務免除が益金になるという説明を受けたことはなかったので、本件債務免除を、本件申告に際して益金として算入する必要があるとの認識を有しておらず、したがって、所得を過少に申告することを意図したものではないと主張し、証人白石敏子の証言にもこれに沿う部分がある。
しかしながら、前記一2(二)ないし(六)で認定した各事実に照らせば、原告は設立以来赤字決算であり、法人税を支払ったことがない(証人白石敏子の証言の一部により認める。)ことを前提にしても、春作ないし敏子において、本件債務免除を受けたことにつき、これを益金として計上すべきことを認識していなかったとは到底認め難く、右証言は、極めて不自然、不合理なものであって採用できず、したがって、右主張も同様である。
(2) なお、原告は、本件申告書を提出した時点で過少申告であるとの認識は全くなく、故意はなかったとの主張もしている。
しかし、国税通則法六八条に規定する重加算税は、同法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に、違反者に対して課される行政上の措置であって、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁ではないから、同法六八条一項による重加算税を課し得るためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果を発生したものであれば足り、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではないと解するのが相当であるから(最高裁判所第二小法廷昭和六二年五月八日判決・裁判集民事一五一号三五頁参照)、原告の右主張は失当である。
(二)(1) また、原告は、村岡税理士に本件確認書締結の交渉経過を報告せず、かつ本件確認書を提出しなかったのは、本件確認書が税務上意義を有するものとは理解していなかったことによるものであるから、これをもって、過少申告の意図を外部からうかがい得る特段の行動とはいえないと主張する。
しかしながら、前記一2(二)で認定したところによれば、敏子は、本件係争事業年度以前に、債権者らから各債務免除を受けたことを村岡税理士に連絡していることが認められるのであり、かかる事実に照らせば、右にいうところをもって、村岡税理士に対し、本件確認書締結の交渉経過を報告せず、本件確認書を提出しなかった合理的理由とはなし得ず、原告の右主張は採用できない。
(2) そして、原告は、丸紅建機から、その未払金に関する残高証明書を取り寄せず、これを村岡税理士に提示しなかったのは、平成四年ころ以降同税理士から要求がなかったためであり、また、右取り寄せ自体、原告としては、丸紅建機に多額の未払金があり、その支払をしていない中で丸紅建機に対し残高証明書を要求するのは困難であるから、右をもって過少申告の意図を外部からうかがい得る特段の行動とはいえないと主張する。
しかしながら、前記一2(二)及び(四)で認定したごとく、村岡税理士は、各事業年度の決算の都度、為末事務員を通じて再三原告に、残高証明書の取り寄せを求めており、敏子も、丸紅建機から昭和六三年三月三一日現在の残高証明書を取り寄せているところ、その残高は右未払金よりはるかに多額であったことに加え、前記一1(七)で認定したように、丸紅建機から再三右未払金の支払の督促を受けていたことが認められるのであるから、これらの事実に照らせば、右主張をもって、残高証明書の取り寄せができなかった合理的理由とはなし得ず、したがって、これも理由がない。
(三) さらに、原告は、丸紅建機に対する未払金のうち七〇万円を支払ったことにつき、これは、敏子が為末事務員に対し単に支払の事実を述べただけであり、これに関する敏子の申述をもって、本件債務免除がされていることを意図して隠ぺいしたなどの事実はないと主張し、この点について、証人白石敏子も「為末さんから聞かれて、丸紅へ払っておられますね、と言われるから、はい、払いましたというだけで‥‥‥」と右主張に沿う証言をしている。
しかしながら、前記二2(一)で指摘したごとく、本件債務免除までの経過をみれば、本件債務免除を受けることは原告にとって重大な関心事であったと認められることに加え、前記一1(八)で認定したとおり、原告と丸紅建機との間において本件債務免除に係る本件確認書が交わされたのは、右主張における敏子の申述がなされた平成六年六月ころよりわずか二か月くらい前であったことに照らせば、同人において、右七〇万円に関する申述の際、為末事務員に本件債務免除を受けたことを言及していないこと自体、極めて不自然であるといわざるを得ない。更に加えるに、前記一2(六)で認定したところによれば、敏子は、右七〇万円の支払につき、平成六年六月ころ、為末事務員に対し、「丸紅建機に対する未払金の内入れである。」と説明し、また、為末事務員が、平成七年五月、敏子に対し、「丸紅建機に対する未払金六〇五三万九三四〇円となりますが、これでいいのですか。」と聞いたのに対し、敏子において、「間違いありません。」と答えた経緯があったことをも併せ考慮すると、証人白石敏子の右証言は筋が通らず不自然であって信用性に欠け、右主張共々採用できない。
三 右に検討したところによれば、本件処分は適法に行われたものというべきである。
第四結論
以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を各適用して主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日・平成一一年二月二三日)
(裁判長裁判官 石村太郎 裁判官 向野剛 裁判官 上田洋幸)